忍者ブログ

目がいちゃつく

自由に使わせ

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

自由に使わせ



 親密な話をした夜、門脇は松下のマンションに泊まった。あれから色々な話をして午前三時を過ぎてしまい、ゲストルームがあるというのでそこのベッドで眠った。門脇は松下に親近感を覚えていた。それは松下の弱い部分を見てしまったからかもしれなかった。年上の男だが、自分がそばにいたほうがいいのではないかと思わせられた。浴室用品昔から…弱いと言えば御幣があるかもしれないが、そういったタイプの人を門脇は放っておくことができなかった。
 それから暇があれば門脇は松下のマンションに出入りするようになった。本もよく借りた。松下は門脇の来訪を喜び、書斎をてくれた。松下は門脇が部屋の中にいても気にならないようで、同じ書斎にいても半日、二人何も喋らずに過ごすことも多かった。集中している時に会話をせがむほど、お互い無粋ではなかった。好き勝手に放っておかれるという状況が、よけいに門脇を松下の部屋にいつかせるようになっていた。
 自分はこんなあつかましい性格だっただろうかと考えたこともなったが、マンションに来ることを心から歓迎してくれている松下と、空氣清新機豊富な蔵書に引かれて、門脇は松下のマンションに通いつめた。本がある、居心地がいい、それ以外にもう一つ、門脇がマンションに引き寄せられる理由は、松下と一緒にいればいつでも専門的な話をすることができるということだった。
 数学科だというと、一様に皆は首を傾げる。難しそうだけど、具体的に何を学んでいるのかわからないという人が多い。数学という分野の発展なくしては、コンピューターはおろかここまで人の生活は発展しなかっただろうと言っても、ピンとこないようだった。登山家が山を見ると昇りたくなってしまうように、数学者も目の前で起こる現象を数学を使って目に見える形で表したいと思う。数学の規則的な並びが、按摩梳化まるで咲いている花のように美しく魅力的に見えるのだと言っても、わかってくれる人は少ない。それは多少なり、数学という分野に関わっている人でないと理解できない心情だった。松下は、そういうことをわかってくれる人だった。そういう話のできる人だった。
「僕は数学には夢があると思うんです」
 松下は嬉しそうにグラスに挿した小振りの紫陽花の花弁を指先で摘んだ。松下のマンションに来る道すがら、民家の垣根越しに咲いていた。子供に悪戯されたのか茎の途中が折れてくたりと地面に垂れ下がっていた。雨も降っていたし、寂しく思ってそのまま一本もらってきた。持ってきたはいいがどうしようかと思っていると、松下が茎を切って大きめのグラスに挿した。
「この花の花弁にしても、規則性がある。遺伝子にしても、もとを正せば原子の集まり。そういう規則正しさを、なぜそうでなくてはならなかったのか、決まりを解明していくのはたまらなく楽しい。人は機械を使うけれど、誰芋その原理を知ろうとはしない。そのすべてをみんなが理解する必要はないけれど、それを知っている人の存在も、確かに必要なのです」
 そうして花弁をじっと見つめていた松下が、ふと思いついたように呟いた。
「この花、今は青色ですが次は何色になるんでしょうか」
「よくわからないけど、変わるとしたら紫とか桃色じゃないでしょうか」
「一日二日で色が様変わりしてしまうでしょうが」
「多分、数日かかると思います。いつも通ってくる道だけどなかなか色は変わらないので」
「それならよかった。僕は明日から教授について学会に行ってきます。ここを二日ほど留守にしますが、もしその間、ここを使うようなら鍵を預けていきますが」
「あ、お借りしていいですか」
 スペアキーを借りるのも、一度や二度ではなかった。門脇は抵抗なく、鍵を手にしていた。真芝には最近、松下と仲いいよなあと言われた。たとえば授業で手伝いが必要になれば、松下は必ず門脇を指名した。前の席に座っていることもあるが、ほかの生徒よりも知っている分、使いやすいのだろう。そういう親密さも、門脇は決して嫌ではなかった。
PR

コメント